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福岡地方裁判所 昭和52年(ワ)1399号 判決 1982年4月07日

主文

一  被告は、原告に対し、金四六九万七〇一六円及びこれに対する昭和五三年六月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、五一三万四四七六円及びこれに対する昭和五三年六月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、別紙目録記載の船舶(以下、本件船舶という)の所有者であり、被告はその船長であつた。

2  被告は、昭和五二年九月一七日午後四時三〇分頃、本件船舶に生コン約五〇立方メートルを積載して福岡市西の浦港を出港し、同市玄海島に向け航行中、午後六時四〇分頃、西の浦燈台から方位二二五度、距離約五〇〇メートルの場所において、本件船舶を侵水のため沈没させた。

3  原告は、右沈没のため、次のとおりの損害を蒙つた。

(一) 漁業補償

原告は、西浦漁業協同組合から、本件船舶を引き揚げて漁業に差支えない場所に移転するよう要求を受けたため、引揚業者株式会社近藤海事にその費用を見積らせたところ、二八〇万円を要するとのことであつた。そこで原告は、右組合と交渉の結果、昭和五二年一〇月三日右組合との間に(1)本件船舶の引揚はなさない、(2)その代り原告は右組合に漁業補償として二五〇万円を支払う、との内容の和解をなし、同日二五〇万円を支払つた。

(二) 休業損害

原告は、本件船舶の代船を購求するまで、休業を余儀なくされ、この休業期間は最短三か月を要し、その間の逸失利益は別紙逸失利益計算書(一)(二)のとおり一八一万七四七六円を下らない。

(三) 失業手当

原告は、本件船舶の沈没により、被告、日高重男、岡田益和との間の雇入契約が終了した(船員法三九条一項)が、その翌日から二箇月の範囲内において、船員の失業期間中その失業日数に応じ給料の額と同額の失業手当を支払わなければならない(同法四五条)義務があり、船長の被告に三五万円(二か月分)、機関士の日高重男に六万七〇〇〇円(一三日分)、クレーン士の岡田益和に四〇万円(二か月分)合計八一万七〇〇〇円を支払つた。

4  よつて、原告は、被告に対し、商法七〇五条一項に基き、原告の蒙つた損害五一三万四四七六円及びこれに対する履行期の後の日である昭和五三年六月二四日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実は知らない。

4  同4は争う。

三  抗弁

1  被告は、その職務を行うにつき注意を怠らなかつた。本件事故は原告及び原告の使用人であるクレーン士の過失によるものである。すなわち、

(一) 生コンは、「穀類その他の特殊貨物船舶運送規則」(以下、規則という)の第一八条二項にいう「水分が一二パーセントをこえる含水微粉精鉱」にあたるから、生コンのばら積み運送には同規則により海運局長の認定を受ける義務があり、右認定を受けておれば、本件船舶には規則に基づく縦通荷止板(仕切り)を取り付ける措置が講じられた筈である。しかるに原告は、右認定を受けておらず、したがつて本件船舶には右荷止板の取り付けがなされていないにもかゝわらず、被告に生コンのばら積み運送を指示命令した。

被告は、原告の使用人であり、被告に、原告の指示命令に反することを期待したり、義務づけるのは酷である。

(二) 本件船舶の航行中、生コンが移動を始め、船体が傾斜し危険な状態になつたが、傾斜の復原の措置を講ずるのはクレーン士の職務である。

(三) なお、商法七〇五条の規定は船長に酷に失するもので立法的に削除すべきものといわれており不合理な規定であるから、右規定の適用にあたつては解釈論や過失の法律判断により具体的妥当性を発見するのが裁判機能である。したがつて、解釈論としては「失火ノ責任ニ関スル法律」に準じて船長に重大なる過失ある場合にのみ船長個人に対する責任を認むべきである。

2  免責

仮りに、被告に過失があつたとしても、

原告は、生コン五〇立方メートルの運送を決定し、被告に対し、船倉にひくシートを提供して生コンのばら積みを指図した。したがつて、被告は原告の指図にしたがつたのであるから、商法七〇五条二項により、船主たる原告に対しては免責される。

3  過失相殺

仮に、被告に責任があるとしても、

(一) 原告は、規則に違反して危険が予想される生コン五〇立方メートルばら積みによる運送を被告に指図したこと、原告は積附設備を準備していなかつたこと、生コンが移動し始めてから船の復原及び荷の投棄等の処置はクレーン士の職務であることを考えれば、原告の過失は重大であり、原告の損害を算定するにあたつては、右の点を斟酌して減額されるべきであり、その割合は原告が九、被告が一である。

4  相殺

(一) 被告は原告に対し、立替金一万二四六〇円、売買代金二万五〇〇〇円を有している。

(二) 被告は、昭和五六年七月二九日の本件口頭弁論期日において、右の各債権をもつて、原告の本訴債権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。

四  抗弁に対する認否及び原告の反論

1  抗弁1の事実は否認する。被告には職務執行につき、重大な過失があつた。すなわち、

被告は、本件船舶の発航前に本件船舶がどの程度の重量の生コンを積載しうるかの検査をするべき義務及び検査の結果によつては海上危険防止のために堪航性を補充する諸措置(荷止め板の取り付け、適度の重量制限等)を講じるよう船主たる原告に進言するべき義務があるところ、被告は右義務を怠り、(一)生コン輸送に経験のあるクレーン士の岡田益和から五〇立方メートルも積めばあぶないと告げられたのにこれを無視し、(二)原告から生コン輸送につき意見を求められた際にたんに採算の見地のみから生コン五〇立方メートルの輸送をする旨の意見を具申し、更に(三)本件事故当日生コン約三〇立方メートルを積み込んだ際、船が傾き荷くずれが生じ、岡田がとつさにクレーンで生コンを移動したため船が正常に戻つたのを目撃したのに、被告は何ら航行の危険を感じることなく、慢然生コンの船積を続行させ、発航した。

なお、生コンは、穀類その他の特殊貨物船舶運送規則」にいわゆる微粉精鉱には該当せず、生コンのばら積み運送に右規則の適用はない。

2  同2の事実中、原告が生コン五〇立方メートルの運送を決定し、その運送を指図したことは認め、その余は否認する。

原告のなした指図は、船主、船長間の雇用契約ないし雇入契約に基づいてなされた一般的なものであり、右の指図があつたからといつてたゞちに船舶運行責任者としての船長の権限が制限あるいは免除されるものではない。即ち被告には、1で述べたとおりの義務があり、被告が右の義務を尽くしてもなお船主がその指図を改めず、被告が止むなくその指図にしたがつた場合に免責されるのである。

3  同3の事実は否認する。

原告には過失はない。すなわち、

(一) 原告は、運送する生コンの重量を決定するまでに再三にわたつて船舶運行責任者である被告の意見を微し、最終的に被告の意見を容れて重量を決定した。

(二) 船が右に傾き、危険な状態に陥つたときに、クレーン士がクレーンを操作して生コンを海上に投棄することは不可能であり、又積荷処分義務は船長である被告にあり、クレーン士に過失はない。

4  同4の事実は否認する。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因について

請求原因事実は、損害の点を除いて、当事者に争いがない。

二  抗弁1(被告がその職務を行うにつき注意を怠らなかつた)について

1  成立に争いのない乙第一、第二号証、証人岡田益和、同日高重男の各証言及び被告本人尋問の結果を総合すると、本件船舶は、前部上甲板に大型の旋回式クレーンを備えた木造の砂利採取運搬船で、総トン数は約一二〇屯であること、被告は昭和五二年九月一〇日ごろ、原告から生コン一〇〇立方メートルを福岡市西の浦港から約一八〇〇メートル先の玄界島に輸送するよう指令を受けたこと、本件事故当日被告は、原告の取締役成井正三の持参したシートを船倉下部に敷いたのち、ミキサー車で約五〇立方メートルの生コンを船倉にばら積みにしたこと、出港後約六ノツトの速力で約七〇〇ないし八〇〇メートル進行したところ船体の動揺で生コンが右舷側に片寄り船体が傾きはじめたこと、そこでクレーン士の岡田益和が生コンをもとの状態に戻すためクレーンのエンジンをかけたが停止してしまつたので反対側の船尾に逃れ、代つて機関士の日高重男がクレーンのエンジンをかけたが再び停止してしまい、沈没の危険を感じた岡田、日高、被告は海にとび込み、本件船舶はまもなく浸水のため沈没するに至つたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

およそ、船長は船舶の安全な航行のため、万全の注意をなすべき職務上の義務があり、荷物を運搬する場合には、航行中荷崩れなど起すことのないようその特性に応じた積付をなすべきである。前記認定の事実によると、本件船舶の沈没の原因は積荷である生コンが移動したことにあると考えられるところ、生コンは軟らかくて多量の水分を含み、船体の動揺で片寄ることが当然予想されるのであるから、被告としては生コンが片寄ることを防止するため、船倉に荷止め板を取り付けるように原告に進言し、これを取り付けてから生コンを積み込むべき注意義務があつたのに、右義務をつくさなかつたことは明らかであり、その職務を行うにつき注意義務を怠らなかつたとの被告の主張は理由がない。

2  被告は、生コンのばら積み運送には「穀類その他の特殊貨物船舶運送規則」により、船主たる原告に海運局長の認定を受け、本件船舶に荷止板を設置する義務があつた旨主張するが、同規則にいわゆる「微粉精鉱」とは「浮遊選鉱により得られる硫化鉄精鉱、亜鉛精鉱、銅精鉱その他の精鉱」(同規則一六条)をさすものであり、生コンはこれに該当しないことは明らかであるから、右規定の適用はない。

又被告は、生コンが移動を始め、船体が傾斜し危険な状態になつたとき、復原の措置を講ずるのはクレーン士の職務である旨主張するが、前記認定の事実によると本件の場合生コンを投棄する他復原の方法がなかつたと考えられるところ、本件全証拠によつても、クレーン士が生コンの投棄が可能であつたのに、船長の海上投棄の命令にしたがわず、その職務を放棄した事実を認めることは出来ない(船舶に危険があつた場合積荷を海上に投棄するなどの処置を命ずるのは船長の義務である。)。

したがつて、本件沈没が原告及び原告の使用人の過失によるとの被告の主張はいずれも理由がない。

なお、被告は商法七〇五条の規定は船長に酷であるから「失火ノ責任ニ関スル法律」に準じて船長に重大なる過失ある場合にのみ船長個人に対する責任を認むべき旨主張するが、立法論としてはともかく、現行法の解釈として右主張は採用しない。

三  抗弁2(免責)について

被告は、原告が生コン五〇立方メートルの運送を決定し、そのバラ積みを指図したから、商法七〇五条二項により免責される旨主張する。原告が、クレーン士の岡田や船長の被告の意見をきいた上、最終的に五〇立方メートルの運送を決定したことは当事者間に争いがない。しかしながら、前記認定の事実によると、本件船舶は一二〇屯であつて、五〇立方メートルの生コンを積載すること自体安全輸送に反するといえず、むしろその積載方法に問題があつたところ、原告が生コンの積載方法(バラ積)について指図したことを認めるに足りる証拠はない。もつとも被告本人尋問の結果によると、原告の取締役である成井正三がデツキに敷いてくれといつてシートを持つて来たことが認められるが、右事実をもつて直ちに原告がバラ積みを指図したと認めることはできない。

したがつて、被告の免責の主張は理由がない。

四  抗弁3(過失相殺)について

被告は、(一)生コン五〇立方メートルのばら積みを命じたこと、(二)本件船舶に生コンの積附設備をしていなかつたこと、(三)船の復原、荷の投棄などの措置はクレーン士の職務であること、をもつて、原告の過失と主張するが、右主張は理由がないことは、二、2及び三において判示したとおりであり、その余の点について判断するまでもなく過失相殺の主張は理由がない。

五  損害について

1  漁業補償費

証人成井正三の証言により真正に成立したものと認められる甲第二、第三、第五号証及び右証言によると、原告は、西浦漁業協同組合から、本件船舶を引き揚げて漁業に差支えない場所に移転するよう要求を受けたので、引揚業者である株式会社近藤海事に見積らせたところその費用は二八〇万円であつたこと、そこで、原告は、昭和五二年一〇月三日右組合との間に、本件船舶の引揚はなさない代りに、漁業補償として右組合に二五〇万円を支払うことを内容とする和解を締結し、同日右組合に二五〇万円を支払つたことが認められる。

右の事実によると、原告主張の漁業補償費は本件不法行為と相当因果関係のある損害ということができる。

2  休業損害

前記成井正三の証言により真正に成立したものと認められる甲第六ないし第八号証、同第九ないし第一一号証の各一、二及び右証言によると、原告は本件船舶の沈没により最小限三か月間の休業を余儀なくされたこと、原告の昭和四九年ないし昭和五一年の各九月から一一月までの各月の収入、支出、利益は別紙逸失利益計算書(一)、(二)のとおりであり、三か月間に少くとも一八一万七四七六円の利益があつたことが認められる。

右の事実によると、原告は、本件不法行為により、一八一万七四七六円の休業損害を蒙つたことが認められる。

3  失業手当

原告は船員法四五条により、船員に対し二か月分の給料但し就職した者には就職までの給料の支払義務があるところ、前記成井正三の証言によると、原告は船長の被告に三五万円(二か月分)、機関士の日高重男に六万七〇〇〇円(就職までの一三日分)を支払つたことが認められる。

なお、原告はクレーン士の岡田益和に四〇万円を支払つた旨主張するが、本件全証拠によつても右事実を認めることは出来ない。

右の事実によると、原告は本件不法行為により四一万七〇〇〇円の損害を蒙つたことが認められる。

六  抗弁4(相殺)について

被告本人尋問の結果によると、被告は船主たる原告に代つて、本件船舶の沈没後に、流れないよう監視していた監視船の船長にパンとか往復の旅費、謝礼として一万二四六〇円を立替払したこと、昭和五二年四月頃、被告は原告にヤンマージーゼルエンジンを二万五〇〇〇円で売つたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

被告は、昭和五六年七月二九日の本件口頭弁論期日において、右の各債権をもつて、原告の本訴債権とその対当額において相殺する旨の意思表示をしたことは当裁判所に顕著である。

七  結論

以上の事実によれば、本訴請求は、本件不法行為に基く損害賠償金のうち四六九万七〇一六円及びこれに対する不法行為の後の日である昭和五三年六月二四日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を適用し、仮執行宣言の申立については、相当でないから、これを却下し、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡村道代)

目録

一 船舶の船賃及び名称 木船相徳丸

二 船籍港 福岡市

三 総屯数 一二〇屯〇七

四 純屯数 五八屯一五

五 機関の種類及び数 発動機一個

逸失利益計算書(一)

<省略>

逸失利益計算書(2)

<省略>

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